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● 時のメロディ番外編『最後のコンサート』 --- 13,最後のコンサート(4) ●

 その頃、純一はコンサート会場へと向かっていた。青葉台バスセンターで青島に運転手を交代し、それから青葉台交通の本社へとチケットを取りに行ったりしていたため、純一の乗った車がコンサート会場へと向かって走り出したときには、既に開演時刻が迫っていた。
「…もう、コンサートは始まっちゃったか」
 本社から市街地に車では何とか飛ばしていたが、途中で信号や渋滞に引っかかったりして、まだ会場にはたどり着いてはいなかった。
「見にいけないで、終わっちゃうのかな…」
(『そんな事、言っちゃだめだよ…』)
「えっ??」
 赤信号で止まった時、助手席とかを見渡したが、車内には誰もいなかった。
 あの声は聞いたことのある声だった。
「まさか、愛美じゃないよな…」
 一度だけ、死んだはずの彼女『愛美』が、純一の前に現れたことがあった。彼女の事だから、姿を表すことも出来るはずだ。でも、そのような気配は全然感じない。車の中にいるのは、純一1人だけだ。
「でも、そうだよな…。今は、とにかく佐奈がアイドル『朝風ルナ』として、最後のステージに立っているんだから、乗り気じゃないなんて、言っていたらダメだな」
 信号が青になると、純一は再び車を走らせて、会場であるコンサートホールへと急いだ。
「たとえ、最後の曲だけでもいい。ちゃんと、コンサート会場へ行って、朝風ルナのコンサートを見ないと…」 
 コンサートホールの会場へ着き、車を止めると大急ぎで会場の中へと入った。
 純一が客席にたどり着いたときには、DAシスターズ同窓会と銘打った第二部が終わろうとしていた。
「…やっぱり、見れなかったか。DAシスターズの同窓会」
 ステージ上では、解散コンサートの時にも最後に歌われた曲が、メンバーらによって歌われていた。
 きっと、ステージからは、客席の通路上に立っている純一の姿は見えない。それでも、純一はコンサート会場で、彼女の最後のステージを見るために、この場所へ急いだ。
 最後の一曲が歌い終わって、ステージ上の4人が手をつないで、一斉に観客席へ向かって頭を下げた。
『DAシスターズの、最初で最後の復活コンサートで、たくさんの声援を、ありがとうございました!!』
 他の観客に混じって、純一は拍手した。最後の1曲だけしか見る事はできなかったけど、数年ぶりに復活した『DAシスターズ』に…。
「純一。間に合ったのか」
「何とかな。DAシスターズ同窓会、聞き逃してしまったけど」
 休憩時間へと入り、通路にいる純一に気づいた松本が、自分が座っていた観客席から出てきた。
「どうだったか? 高橋さんがアイドルになった姿は??」
「やっぱり、普段見る香織さんとは違いましたね。何となく…ですけど」
「何となくじゃないだろ。あれは、完全に高橋さんではなく、数年前に彗星の如く消えた、アイドル『美倉マナ』の姿だった」
「…そうですね。本当にDAシスターズ同窓会、よかったですよ」
「見たかったな。でも、本命だけは見れるから、それはよかったけど」
 休憩時間が終わり、DAシスターズ同窓会の時とは違う衣装に変わったルナが、ステージ上に現れた。
 純一は自分の席には行かずに、通路上に立ったままでステージを見ていた。自分が買ったチケットに印字されていた指定席の周りは、当然ながら『朝風ルナ』の熱狂的なファンたちだ。
 そのファンたちが、各々で持参してきたグッズを手に持って、ステージ上へと声援を送っている中でステージを見ているのは、どうも気が進まなかった。
 コンサートは進んでいき、いよいよフィナーレが近づいてきた。
『今日、この会場に集まってくれたファンのみなさん、本当にありがとうございました。最後は、この歌を皆さんに聞いてほしいと思います』
 最後の曲が流れ始めると、観客は皆静かになり、それぞれが持参した白のペンライトを左右に振りはじめた。
「この曲は… 『時のメロディ』か??」
 純一が知る限りでは、愛美が作詞した最後の曲だ。彼女が亡くなってから3年後、その歌詞を純一は見つけ、音楽スタジオへと届けていた。
 それに曲が付けられて、朝風ルナがそれを歌っている…。
『約束、果たしてくれたんだね…』
 その声に純一が振り向くと、傍らに愛美が立っていた。
「ああ…。でも、その歌詞を音楽事務所に渡したとき、佐奈が歌ってくれるのかどうか、全く分からなかったよ…」
「私は、あの歌詞が見つからない事を、反面では願ってた。私のせいで、佐奈をこれ以上悲しませたくなかったしさ…」 
「…」
「でも、佐奈は歌ってくれた。もう、心残りは無い…」
「えっ??」 
 愛美の周りに、無数の光が現れ始めた。
「…行っちゃうのか??」
「ええ…。でも、私はずっと、純一君や佐奈の事を、ずっと、見守っているから…」 
 その光とともに、愛美の姿はどこかへと消えてしまった。
『ありがとう…。愛美ちゃん…』
 最後の曲『時のメロディ』を歌い終えて、伴奏が終わる間際、朝風ルナはそう呟いた。
『最後に…。私、朝風ルナがこれまで頑張ってこれたのは、芸能事務所やスタッフの皆さん、そして、DAシスターズ時代からの仲間と、私を応援してくれた、ファンの皆さんのおかげだと思っています。今までずっと、応援してくれて、ありがとうございました』
 朝風ルナが涙ながらに、最後の挨拶をすると、ファンがそれに答えるかのように盛大な拍手と声援を、彼女に送った。
「終わったな…。これで、朝風ルナも見納めなのか…」
 ステージから降りていく彼女を、観客席から見送る多くのファンたちは、涙ながらにそう口にしていた。

「純一、なぜ観客席に座らないで通路に??」
「アイドル『朝風ルナ』引退の理由は俺なんだ。まだ現役を続けてほしかっただろうファンの間に座るのは、気持ちのいいものではないしな」
 純一と松本は、観客席を後に、コンサートホールの出口へと向かって歩いていた。他の客が帰ったのを確認してから観客席を離れたので、スタッフ以外の誰かが後ろにいる心配はないはずである。
「それにしても、最後の曲の時、誰と話していたんだ??」
 松本が聞いてきた事に対して、純一は答えに詰まった。その時、傍らに『愛美』がいたなんて、到底信じてはもらえない事は分かっていた。
「…独り言だよ」
「そうか。そういえば、ルナさんが最後に歌い終わった後、誰かの名前を呟いたんだ。それも、空を高く見上げてさ」 
「…それは、きっと、天へと昇ってしまった、中学時代の友達に対してだろう。彼女の歌のどれくらいかは、その友達が作詞したらしいし…」
「そうなのか」
 会話はそれで途切れた。そのうちに松本は、一緒にコンサートを見に来ていたという北沢を見つけて駆けて行き、純一はその背を目で追いつつ、駐車場へと向かって歩いていった。
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