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● 時のメロディ番外編『最後のコンサート』 --- 11,最後のコンサート(2) ●

(青島さん、はやく戻ってきて…)
 水森はそう思いながら、前を走る道路のほうを見つめていた。そして、向かいの駐車場にとめてある純一の車を見ると、意気揚々と車に乗り込む純一の像が、なぜか見えるような気がした。みんなの車と離れたところに止めている、その理由は、コンサートへ行くのに車が出せないという事態を防ぐため、そう思っていた。
「…社長が、コンサートへ行くことが出来ないんだろうか」
 1人でつぶやいていたとき、見慣れた大型観光バスが戻ってきた。幼稚園送迎バスの運行を終えた青島に、無線で『急いで戻ってきてください』と言ってから、既に20分が経っていた。
「まだ、間に合うかも」
 水森は急いで事務所から飛び出すと、乗務した大型観光バスを所定の位置へと戻している、青島の元へと駆けていった。
「急いで戻って来いと言っていたけど、どうして??」
「もうすぐ、社長の運転するバスが青葉台駅に到着するから。そこで交代して、代わりに走って」
「えっ??」
「これから始まるコンサートに、社長が行くことになっているのよ!」
「それは、分かってますけど…」
「とにかく、そのコンサートの主役である朝風ルナが、ある理由で社長が来るのを待っているのよ…」
「いまいち、納得できないけど…。今日しかチャンスがない、急な事なんですね」
 押し問答の末に、何とか青島を説得できた。彼は、大型観光車の鍵と交換に、自分が担当する路線車の鍵を水森に持ってこさせると、大急ぎで準備をして、営業所を飛び出していった。
「あとは、社長に無線で知らせないと…」
 青島が乗った路線バスが、大急ぎで出発していくと、すぐに事務所内へ戻ると、無線機を手に取り、純一が乗務する2442号車の無線を呼び出した。
『社長。今、どこの地点にいますか?』
 また無線が入ったと純一は思ったが、出ないわけでもいけないので、無線機のボタンを押した。
「青葉台バスセンターのすぐ近くだ。もうすぐで、センターに入る」
『青島運転手に、代わりをを頼みました。青葉台で交代して、社長はコンサートへ行ってください。既に、彼はバスセンターへ向かいました』
「何っ!?」
 思いがけない事に、純一は驚愕した。どうして、俺がコンサートへ行く予定だった事を水森が知っているのか、知らない間に、そこまで根回しされていたのか…。
「どうして、俺がコンサートへ行くことを??」
『社長、デスクで休憩している間、ずっとチケットを見ていたじゃないですか。あの嬉しそうな顔は、コンサートが楽しみという、何よりの証拠です。車をみんなと違う場所においているのも、コンサートに行くためなんじゃないですか??』
「…察しのとおり、半分は正解だよ。でも、車はそうではない。元々から、俺のスカイラインとバスが止めてあるのところは、俺が使っている車庫だ。一緒に止めてある路線バスは、俺の持ち物だしな」
『…そうなんですか』
「コンサートへ行きたいのは山々だ。だが、まだ仕事が残っているんだ。それに、青島は急に乗れと言われて、納得していないだろう」
『彼は、既に代わるつもりで行きました。バスセンターで交代しなかったら、彼だって納得しないでしょう…』
 バスセンターに着き、乗客を降ろしているとき、後ろから見慣れたバスが回送表示で入ってくるのが見えた。無論、この青葉台バスセンターは、特別な場合を除けば青葉台交通のバスしか使えない。そこに入ってきたバスに乗ってきたのは誰かといわれれば、それは明らかだった。
「何を、そんな勝手なことをしてくれるんだ…」
『私たちは、青葉台交通の社員です。それは、社長であるあなたが、一番分かっているではありませんか』
「余計なことまでしてくれて、ありがとうよ」
 車内に残っていた乗客が全員降りたところで、青島が車内へ入ってくると、純一が手にしていた運行表を取った。
「次の便からは僕に任せて、社長は早く行ってください」
「…申し訳ないけど、後は頼んだ」
 青島が車外へ出て行くと、純一は前ドアを閉めて、青葉台バスセンターを後にした。
『2442号から本社へ。青島に運転手交代完了。これから戻る』
 それだけ無線で連絡すると、純一はコンサートホールへいくのに、まだ支度を整えていなかったため、会社へと大急ぎで戻っていった。
「…俺は、社長と朝風ルナさんの間に、何があるかは分かりません。でも、それはお金では絶対に買えない大切なものでしょ。仕事の代償にするのは、あまりに寂しすぎるじゃないですか」
 社長から受け取った運行表を見ると、自分が乗ってきたバスを乗り場に移動させ、会社の事務所へと電話をかけた。
「運転手交代、完了しました」
 純一は、既に開演時刻まで時間が無いことを知っていた。それでも、公私混同して、そのまま路線バスを運転したまま会場まで行くのはまずいと考えて、いったん本社へ戻ると、車を乗り換えたり、大慌てで支度をしてから、コンサート会場へと向かった。
「…まずいな。もう、開演には間に合わないぞ」
 既に開演まで後20分を切っていた。既に間に合わないことを覚悟した純一は、出来るだけ早く、会場に着くことだけを考えていた。
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