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● 時のメロディ --- 8,地域の足 ●

 翌日、仕事終わりに知り合いが働いている中古バス販売店『神崎バス工業』へ行った。
「いらっしゃいませ。どんなバスをお探しですか」
「まだ決まってないんですよ。今日は冷やかし程度にどんなのがあるか見たいだけです」
「大歓迎ですよ」
そのうちに、売約済みの車両の整備を行っていた、かつての同僚だった高倉が工場から出てきたのを呼び止めて、部品とかの話をした。
「この店にさ、エンジンとかの部品とか無いか?」
「…エンジンの部品1つ一つは無理だな。ところで、どうしたんだよ。急にお前が此処に来るなんてさ」
「実はな、俺が先月まで乗っていた古い路線バスの故障を直して何とか動かしたいと思っているんだが」
「…エンジンを載せ帰るしかないだろうけど、出来るかな」
「そんなで、一度見てもらいたいんだよ。もし載せかえれるなら何とかやってみたい」
「…部品取り車のヤードに行ってみるか。とりあえず、エンジンの型番とか調べるしかないだろう」
 高倉に案内されてやってきたのは、既に生気の失せた路線バス車両などが置いてある空き地だった。事故によって廃車されたものなどが置かれ、解体される日を待っているかのように見えた。
「明日だかの夜に、神崎駅へ廃車を取りに行くんだよ。多分、純一が直そうとしているその車だな」
「そうかい。俺の希望は散るしかないのだろうか」
「でも、逆に言えば好都合じゃないか」
「何でだよ。直そうとしているものが無くなってしまえば、どうしようもないじゃないか」
「運搬費用とか廃車解体にかかる費用は会社がうちに払うんだ。依頼者が解体作業を確認なんてしないだろうから、すり替えてしまえばいいだろう」
「…なるほど」
「でも、運び込まれてから数日が大勝負だろうな。古いバスを個人で保存して乗っている人は多くいるから、その人たちが部品を求めてきたときには、お手上げだろう」
 純一は黙り込んでしまった。本来解体される予定の2433号の代わりに解体される別の車両から、エンジンなどの部品を載せ変えても、どうにもならなくなる場合が考えられる。
「何を黙り込むんだ。俺が部品とか修理の面では全面的に協力するから」
「ありがとう。やっぱり、修理とかを専門にやっている友達がいてよかったよ」
「お安いことよ」
 その日の夜、純一はスカイラインではなく2442号車で退社した。会社の車を私用で使うのはいかがなものかと藤谷所長に言われたものの、無理をいって貸出許可を貰うと営業所を出た。
 終電が近い神崎駅の隅の方に止めて、終電後に来る大物車の到着を待った。この後、2433号車を運び出す作業が行われるというので待っているのである。深夜近く、大型クレーン車と大型トラックが、神崎駅へ入ってきた。
「やっぱり、来ていると思ったよ」
「気になるんだよ。どうやって運ぶのか」
 大型トラックを運転してきた高倉が、トラックの切り返しを行い、向きを変えて停止させたところに純一が顔を出したのだ。大型クレーンも既に作業位置に着き、作業員が打ち合わせをやっていた。
「誰かが2433号のハンドルを動かしてくれれば、俺がこれで引っ張ろうか?」
「そうしてくれるか?レッカー車がまだ来ないから、本当にありがたい」
 高倉が誘導する形で純一が2442号車を移動させ、2433号車にだいぶ近づけて停車させた。そして、彼はケーブルで2台を繋いでから、2433号に乗り込んだ。
 他の作業員の誘導のもとでハンドル操作をしながら、純一が2442号で牽引した。その間に、他の作業員がレッカー車を断り、大型トラックに2433号を載せる準備を始めた。
 定位置に2433号が止まり、ケーブルを外して2442号をどかすと、2433号がクレーンで吊り上げられ、トラックに載せる作業が始まった。
 作業が行われている最中、純一は今まで2433号とともに走ってきた思い出を振り返っていた。
 それまでも、何日か代わりの車両に乗ったこともあったが、ほとんどの運用は2433号を運転してこなしてきただけに、この車両に対する思いは強かった。作業が終わって出発の準備を整えると、純一は2442号を運転して、トラックの後を追った。
 神崎バス工業の工場へ到着し、トラックから2433号が降ろされると、純一は高倉らに挨拶をして、工場を後にした。
 家に帰った純一が携帯電話を見ると、佐奈からのメールが届いていた。
「1時間前…。こんな夜遅くまで仕事していたのか。いったい、何の仕事をしている人なんだ??」
 恐らく、この時間だと既に彼女は寝ているだろうと思った純一は、そのまま携帯電話を充電器にかけた。
 翌日、仕事に出た純一は、東海電気鉄道本社から、信じられない書面が送られてきたことを知った。
『青葉台営業所管轄路線の廃止及び青葉台営業所の廃止に関する手続き開始のお知らせ』
 それは、この青葉台営業所が運行を行っている路線バスの廃止と、営業所の廃止を決めたという書面の手続きであった。藤谷所長をはじめとして、青葉台営業所の事務職員たちも黙り込んでいた。
「所長。俺、本社に掛け合いに行ってきます」
「藤本。もう少し落ち着かないかね」
 純一は藤谷の制止を振り切り、本社から送られてきた書面一切をまとめて事務所を飛び出すと、2442号車を運転して営業所を出て行った。
 東海電気鉄道の本社に入った純一は、関係者との協議に臨んだが事態は平行線のままで変化が見られず、最初の交渉は決裂してしまった。青葉台営業所まで戻る道中、本社に対する怒りを堪えていた。
「あの路線を廃止したら、いったいどれくらいのお客さんが困ると思っているんだよ」
 残念な結果しか持って帰れなかった純一は、悔しそうに呟くと、営業所内にいた藤谷に交渉した結果を報告した。
「…本社の意見は到底、青葉台市民などを踏みにじっているとしか到底思えませんよ」
「しかし、本社は一部の路線は残すといっているんだ。今後はそれに修正を加えて維持した方がいいと思うがな」
 藤谷の安直な意見に、藤本の怒りは爆発した。
「残る路線は金儲けできる黒字路線だけじゃないですか!! そんな路線が残っても、地域の足を守れないですよ」
「だがな、よく考えろ。地域の足といっても、そう多くの路線をお客さんが利用しているわけではない。今ある赤字路線を整理して路線バスを維持すれば、地域の足は守られるんだぞ」
「だからダメなんですよ。どの路線にも、ご利用くださっているお客様はいます。一日の乗車率が0の路線なんてありません。それらの路線を廃止して何になるんですか?この書面を見る限り、それらを補填する手段や対策を考えないで、ただ路線廃止だけを訴えているとしか到底思えません。所詮、本社のキャリアコースを上ってきた所長には分からないでしょうけど」
「私だって、それなりに考えてはいるさ。でも、このまま全面的に廃止になったらどうする気だね?」
「最悪の場合は、行政の力を借りて独立する道を選ぶしかないでしょうね。青葉台市民らの地域の足を守るためには」
「…本気なのか?」
「本気ですよ。今後、粘り強く交渉を重ねて廃止撤回を求めますが、最悪の場合は本社との全面戦争を覚悟で、独立して新会社を立ち上げます。とにかく、俺は青葉台市民の地域の足である路線バス維持のために断固戦いますよ」
「何で、お前はそこまで、意地をはれるんだ」
「地域を犠牲にしてまで、自分らの雇用を守りたいなんて思いません。これは、信念ですよ」
 その後、純一は路線維持に向けた署名活動の準備と、行政への陳情に奔走するなどの活動を始めた。先々で署名を呼びかけるものの、本社側である神崎営業所の運転手などに妨害されるなど、署名を集めることだけでも難航していた。そんな中、青葉台営業所側に賛同したのが鉄道職員だった。駅構内に署名を呼びかけるポスターなどの掲示と、署名活動を決まった場所で出来ないバス乗務員に代わって行った。
 署名活動開始から3週間が経ち、現段階で集まった署名や嘆願書を集めて本社に提出し、その上で協議を持ったが平行線をたどり、署名なども全て突き帰されてしまった。どうすれば解決策となって見出せるのかが分からないまま、2ヶ月が過ぎてしまった。
「青葉台市と周辺地域の路線バスを維持するのに、どうすれば本社の意見を変えられるんだ」
 たまたま高倉と合流して、居酒屋で飲んでいた純一は、ふいに愚痴をこぼした。
「純一らしいな。お前は、本当に正義感が強いよ」
「そんなことないよ。誰だって普通に考えるだろう。そんな事くらい」
「いいや、全国探してもそういう人はさほどいないだろう。ほとんどの人は、自分のことしか考えられないから」
「…どうしよう。これでは、せっかく署名してくれた人たちに、申し訳ないよ」
「正義感にしては弱気じゃないか。まだ事態を打開できるチャンスは、まだ残っているさ」
 純一は、既に本社に陳情して意向を見直してもらうことをほぼ諦め、別の方法を考え出した。
「とにかく、署名活動とかは続けながら…。最終的に、自分たちで新会社を立ち上げるんだよ。問題も絡むだろうけどな」
「ああ…。やはり、そうするしかないかな」
「経営陣が廃止する意向を固めている以上、受け皿になる会社を作ってでも、維持するしかないだろう」
「でもな、簡単に会社を作るとはいっても…。1つのバス会社を作るのに、莫大な資金が必要なんだぞ」
「路線維持のために新会社を作ると言えば、青葉台市とかも手助けをしてくれるだろう。路線とかは交渉して譲り受けるしかないだろうけどな」
 翌日、神崎駅で署名活動を行っている純一らのところへと、佐奈が駆けつけた。そして、純一に声をかけると、傍らに置いてあった署名用紙を手に取ると、同じように署名活動を始めたのだ。
「…佐奈さん。何で、此処で署名活動しているのが分かったんです?」
「仕事先から神崎駅が見えて、署名活動をやっているのが見えたのよ。何か協力できればいいなと考えて、来てみたの」
「協力してくれるのは嬉しいけど…。君はどうして、帽子と眼鏡を着けたままいるんだ??」
「病気とかで顔を隠しているわけではないけど…。でも、隠す必要は無いか」
 佐奈は手に持っていた署名用紙を、純一に一度預け、それまで着けていた帽子と眼鏡を取った。その中から現れたのは、純一のみならず、誰もが見慣れた顔だった。
「き、君は…朝風ルナ?」
「今まで、帽子と眼鏡で顔を隠していたのは…アイドルとしての顔を隠すためだったの」
 松本が誘ってくれて参加した合コンで、出会った相手『石川佐奈』が、本当は朝風ルナだったという驚愕の事実を知り、純一は言葉を失った。
「…本当は、あのお店で本当の事をお話しようと思っていたんですけど、今までずっと言えなくて…。ごめんなさい」
「そんな…。ルナさんに謝られては…。僕だって、どうしようもないじゃないですか」
「青葉台市内から路線バスが消えないで欲しいという気持ちは同じですから、私も署名活動に参加させてください」
 でも、純一は心のどこかに疑念を抱いていたが、今ではその心も消えており、逆に自分の意見に賛同して協力してくれるという、朝風ルナの言葉が何よりも純一の心にしみた。
「ありがとうございます。一緒に頑張りましょう」
 この時、同じく署名活動に参加していた松本や事務員の高橋は驚きを隠せなかったものの、新たに増えた仲間とともに署名活動を続けた。実際に、朝風ルナが署名活動に参加した日にちや時間帯は限られたものの、仕事で参加できないときでも、ラジオやテレビを通して署名活動のことを伝えるなどのバックアップを欠かさなかった。一ヶ月間続いた署名活動の最中には、多くのバス利用者の方が、応援メッセージを書いた横断幕などを純一らに届けるなど、賛同してくれる人の思いを、少しづつではあるが手ごたえとして感じていた。集められた署名は相当な数にも及び、抗議の意を示すためにも十分な形が揃った。
 翌日、純一は東海電気鉄道の本社へと出向いて、集められた署名を提出して再度協議したものの、本社の意向は断固として変わらなかった。
「地域密着型の公共交通機関である東海電気鉄道は、地域の路線バスに対してはそんなに冷たいんですか!!」
 純一はそう怒鳴った。廃止する案に賛同する役員は耳をかさないとばかりに議論の場から退出し、残った反対派の役員と純一は、何とか路線バスを維持する方法を話し合った。
「やっぱり、利益を出さない路線には冷たいんですね」
「仕方ないだろうけどな…。もう少し柔軟に考えられないものなのか…」
「やはり、独立する道を選ぶしかないんでしょうか」
 多く集まった署名の重みを純一らは強く感じていた。それに、沿線市町村からの路線バス運行継続の要望も出されていることもあり、見切りをつけなければいけないと、純一は感じていた。少しの間の沈黙の後に、純一は決断を出した。
「こうなれば、独立して新会社を作ります。その道のりは険しいかもしれませんけど…」
 それから数ヶ月の後に、新会社『青葉台交通』を発足させて、路線バスの運行を継続する事が決定されることとなった。新会社の発足が決まり、純一の担う責任は一層重くなった。
「小さくても、地元に愛されるバス会社を作るぞ。何としてでも…」
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