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● 時のメロディ --- 3,はじめての出会い ●

 10月の下旬、純一が愛用していたクラウンが突如として壊れてしまった。
「珍しいじゃん。お前が会社休むなんてさ」
 その翌日、休みであった松本が、車で純一の家までやってきたのだ。
「車が壊れてしまってね」
「あのクラウンが…大変だなそりゃ」
 車を見てもらうために修理業者を呼んだのだが、出された診断は純一の予想を上回る深刻な状況だった。
「残念ですが藤本さん。この車はもう直せませんよ」
「何でですか?」
「エンジンが死んでますし、他の機器類もガタガタな状態ですしね。もう買い換えたほうが早いと思いますよ」
「そうですか…」
 そばで聞いていた松本は絶句した。純一が大切に乗っていたこの車がもう動かないなんて。
「廃車手続きの方は、こちらでやっておきます。では、車も持っていってよろしいですね」
「はい…」
 純一は、クラウンの中からCDなど、常に積んでおいた備品を全て降ろした。修理業者が積載車で車を運んでいくのを見送ると、純一はその場に倒れこんでしまった。
「大丈夫かよ純一。少しは落ち着けって」
 松本が純一を揺らしたおかげで、彼は何とか正気を取り戻した。
「ああ…。でも、あそこまで深刻だとは思わなかったんだよ」
「そうだよな…」
 家の中へと戻り、コーヒーを飲んだ純一は、松本に車で来ているかを聞いた。
「なあ、松本。お前、車で来てないか?」
「ああ。真向かいの空き地に止めさせてもらってるけどさ」
「すまないけど、ちょっと付き合ってくれないか。代車とかを頼みに行きたいんだが」
「わかった。会社の同僚だし、同じ高校の親友だしな。付き合うよ」
 松本が車を出してくると、純一は助手席に乗った。
「まずは何処に?」
「一応、代車を先に頼んどきたいから、中古車屋『BlueAuto』に行ってくれないか」
「中古車屋が代車なんて出してくれるかな?」
「昔の知り合いでね。ある程度の無理は聞いてくれると思うんだけどな」
「でも、修理工場やディーラーが出してくれるならわかるけど、中古車屋が…」
 中古車屋『BlueAuto』は、町外れにある、修理などを行う大きな工場などを備えている。この中古車屋の経営者と藤本は高校からの親友であった。一時的に仕事がなかった時には、この店で働かせてもらったこともある。
 松本が所定の駐車スペースに車を止めると、藤本が降りて修理工場の方で作業をしていた従業員に声をかけた。
「すみません。先ほどお電話いたしました藤本ですが、社長さんはいらっしゃいますか?」
「藤本様ですね。ただいま安本を呼んでまいりますので、少々お待ちください」
 従業員が、社長である安本という人物を待つ間、中古車販売のスペースに並んでいる車を見て回った。結構程度のよい車を置いてあるので、新卒で会社に入社する人とかが通勤等の用途に使う車を買うのによく利用しているのだ。
「結構程度のいい車があるなぁ。何か新車と同じくらい、いいじゃんか」
「ちゃんとした手入れと修繕をするからね。ここの中古車には定評があるんだよ」
 2人が話しているとき、一人の男が声をかけた。
「あの、失礼ですが…。先ほどお電話をくださった、藤本様でいらっしゃいますか?」
「はい、そうですが…」
「申し遅れました。私は『BlueAuto』の安本と申します」
「どうも。急に電話で代車を頼んですみません」
「いえいえ。あの、失礼ですが、安本浩平さんというのは…」
「はい、安本浩平でしたら、私の兄ですが…。すみませんが、兄とはどういう関係ですか?」
「弟さんでしたか。浩平さんとは、高校時代からの親友でして」
「兄の方から話は聞いております。えっと、代車を出して欲しいとのことでしたが」
「そうなんですよ。今日、今まで乗っていた車が壊れてしまって、今から車を買いに行くのですが…。それまでの移動手段がないもので」
 状況を判断した安本は、代車を出すことに承諾してくれた。
「わかりました。一応、セダンとスポーツカーにワゴンとありますが」
「できれば、スポーツカーがいいんですが、どの様な車があるのでしょうか」
「日産スカイラインのR32GT-RとR33GT-R、トヨタスープラ、ホンダインテグラRがありますね。ちなみにセダンだと、日産サニーとかトヨタスプリンターとかになります」
「そうですか」
 その時、隣で聞いていた松本が純一に代車の事を聞いた。
「何でスポーツカーを選ぶんだよ」
「一度乗ってみたいってだけだよ。なんか興味というかさ」
 純一は少し考えた挙句、代車で乗る車を決めた。
「日産スカイラインのR32GT-Rでお願いできますか」
「わかりました。2時間後までには準備をしておきますので、どうしますか?」
「先に車のディーラーさんのところに行ってきます」
 すると、安本は一時的な連絡などに使うカードみたいなものを記入するように言った。
「わかりました。では、お名前と電話番号をこちらにご記入ください」
 一応、それに名前と携帯電話の番号を入力すると、安本に手渡した。
「車の準備が出来次第、ご記入いただいた電話番号の方にお電話を差し上げますので」
「わかりました。よし、行こう。急いで車を決めてこないと」
 純一は松本を急かすと、急いでBlueAutoを後にした。
「しばらくはスカイラインで通勤するのか」
「そうだな。母さんとかは別に車を持ってるし、あまり心配はないな」
「それでさ、今度はどんな車を買おうと思ってるんだ?」
「…ワゴン車かミニバン辺りを考えてるんだ。最近は」
「そうか。それで、どのメーカーの販売店行けばいいんだ?」
「トヨタ自動車の店によってくれよ。とりあえず、ワゴン車辺りでみてみたい」
「わかった。すると、レジアスとかその辺りかな」
 トヨタの店に着くと、純一は先に車を降り、店外に展示してある車を少し見て回った。駐車場に車を入れ終わった松本が来たのを見計らって店内へと入っていった。やはり店内にもサンプルの展示車両があり、応接用のテーブルと椅子が数セットが置かれていた。
「いらっしゃいませ。どんなお車をお探しでしょうか」
 店員が声をかけてきた。純一は既に欲しい車のタイプは決まっていたので、店員に直接聞きながら決めていこうと考えた。
「ミニバンかワゴン辺り ですね。とにかく、大人数で乗れるのを」
「では、このアルファードはどうでしょうか。室内は広々としてますよ」
 ちょうど店内に展示されていた同型車の車内を見せてもらった。その車内は広々しており、様々なことに使えそうだ。純一はすぐさまこの車に決めたのだった。
「いいですねぇ。では、この車種でお願いします」
「ありがとうございます。では、グレードとかは何かリクエストとかありますか?」
「とりあえず、全種類のカタログを見せていただけませんか?」
「わかりました。あちらの席におかけになって少々お待ちくださいませ」
それから、グレードや装備品を決めるのに少し時間はかかったものの、思っていたよりも早くに購入の契約を結んだ。
「どれくらいの納車になりますか?出来れば早いほうがいいんですが…」
「早くて2週間後くらいには納車が可能だと思います」
「わかりました。車の方が来ましたら電話してください。取りに伺いますから」
「かしこまりました。それでは、お気をつけて」
 純一たちはトヨタの店を後にすると、BlueAutoへの道を戻り始めた。
「案外早く決めちゃうんだな。結構考え込むかと思ったが」
「あまり考え込むと余計に選びづらくなるからさ、直感でいいと思ったやつを選んだのさ」
「なるほどな」
「とりあえずBlueAutoに戻ろう。代車はあるはずだけどな」
「なぁ。BlueAutoにお前を送ったら、俺は帰っていいか?急な用事があってな」
「わかった。いろいろ付き合わせてすまなかったな」
 BlueAutoに着き、純一が降りると松本は帰っていった。利用客が止める駐車場にきれいに整備された青色のスカイラインが駐車場に置かれていた。純一は、誰の車なのだろうかと気になり、近くの店員に声をかけた。
「すみません。先ほど代車を頼んだ藤本ですが、出来てますかね?」
「はい。こちらのスカイラインで手配いたしました」
「一度、事務所に聞いたほうがいいですかね?」
「そうですね。私はカギをお預かりしてませんし」
 事務所へと行くと、社長と一人の女性が何かの商談をしており、しばらく待つことになったが気を利かせた店員が適当な席に案内し、アイスコーヒーを持ってきてくれた。
「まだ商談は少し長引きそうですので、あともう少々お待ちください」
「あの商談は、新車の?」
「いいえ、確か中古車だったと思いますよ。確かスカイラインのじゃなかったかな」
「そうですか」
「はい。では失礼いたします」
 店員は自分の仕事に戻っていった。その後、別の店員が車のカギを純一のところへ持ってきた。社長を待っていたのは、少し間違えだったようだ。
「藤本純一様ですね。一応、社長から了解は得ておりますので」
「わかりました。どうも」
 純一はカギを受け取ると、その代車のところへと歩き、運転席へと乗り込んだ。車内の設備もきれいに仕上がっており、エンジンをかけると、早速運転して自宅へと戻った。

 翌日、出勤しようと車で道を走っていると、バス停付近で1台の車が路側帯に止まっていた。追い越しざまに前の方を見ると故障しているのかボンネットを上げていた。純一はその先に車を止めると、その故障して停止している車の方へ近づいていった。
「どうしたんですか?」
 ボンネットの中を見て頭を抱えているのはスーツ姿の男だった。男は純一に気づくと困った顔をした。その車の後部座席には一人の女性が乗っていたのだった。
「別に怪しいものではありませんが、困っているみたいだったので」
「いやぁ、車が急に故障してしまってね。タクシー頼もうにも番号を知らないし…」
「あらら…。ちょっと見させていただいてもいいですかね」
 純一はボンネットの中を覗き込むと、故障している箇所を見つけた。しかし、道具は持っていないので修理するのは出来そうになかった。
「すみません。道具があれば出来そうなんですが…修理屋を呼んだほうがいいですね」
「そうなんでしょうけど、実はちょっと急いでまして…」
「後部座席に座っている女性の方に関係があるみたいですね」
「そうなんですよ。あと20分後にテレビ局まで行かなければならないんですがね…」
「それは困りましたね。この時間だとタクシーとかは全然通りかかりませんし」
 純一は思いついたかのように携帯電話を取り出すと、携帯電話のメモリーを調べた。
「自分の知り合いの修理屋でよかったら呼びますよ。この時間だったら仕事してるでしょうし、積載車とかで移動してもらうほうがいいでしょう」
「すみません。あと、お忙しいところすまないんですが、彼女を送っていただけないですかね?」
「わかりました。どちらの方に送ればよろしいでしょうか」
 純一が知り合いの修理業者に電話をかけている間に、その男は事務所の方に電話をかけていた。男が胸につけていた名札から芸能プロダクションのマネージャーで、後部座席に乗せているのが芸能人であることもわかった。あまり興味のない純一には別にどうでもよいことではあったが・・・。
 とりあえず、遅刻するという電話を、自分の勤務先である青葉台営業所までかけた。その間に、男が後部座席に乗っていた女性を、純一の代車に乗るように促した。純一が荷物類をトランクの中に乗せてから、運転席に飛び乗るとシートベルトを着けた。
「マネージャーさんから頼まれてるから、テレビ局まで僕が送ります」
「お勤めの方は大丈夫ですか?」
「大丈夫です。それよりもあなたが間に合わなくなるといけませんから、急ぎますよ」
「お願いします」
 道路は結構空いていたので、頼まれた事務所には時間までに何とか到着した。
 玄関には警備員が見張り、玄関のところには芸能事務所の職員らしき人物が彼女の到着を待っているようだった。純一は、玄関の前に車を止めた。
「困るよ、君!そこに車を止められちゃ」
「桜崎プロダクションの関係者を送ってきただけなんですが、何か問題でもあります?」
「えっ?そうですか、すみません。わざわざ遠くからご苦労様でした」
 そのうちに建物の中から関係者が出てきて純一にお礼を言うと彼女が降りると、関係者が車から荷物を降ろして、建物の中へ入っていくのを見送ると、純一は車を発進させた。
 青葉台営業所へ着いた時には、既に午前8時を経過し、30分近く遅刻してしまっていた。
「すみません。遅刻しました」
「お前にしては珍しいじゃないか。何か事故とか?」
「いいえ、人助けをしていたからです。芸能人の方を事務所まで送っていたら案の定で…。」
「芸能人?」
「ええ。途中でマネージャーさんだかの車が故障していまして、修理業者を呼ぶとかしてから、その芸能人の方を急いで事務所まで送ったんですけども…」
「いい判断だったと思う。人を助けることがちゃんと出来ているし、今日は間に合っていることで処理はしておく。ちゃんと電話してきたしな」
「すみません」
「今日は、少し遅番になるが22番ダイヤを担当してもらえるかな。いつもの12番ダイヤは代わりに松本が担当してるんでな」
「わかりました。では、行ってまいります」
「ちょっと待った。お前、車換えたのか?」
「はい。昨日、今まで乗っていたのが壊れてしまって、今日は代車なんですが」
「そうか。てっきり、本気であれに乗り換えたかと思ったがな」
「今度買うのはワゴン車ですから、あの車とはほぼ正反対ですね」
 藤谷と車に関する会話をした後、純一はバスを運転して営業所を出発していった。
 事務関連の仕事をやっている社員らの様子を見つつ、藤谷は自分の席へと戻り、本社から送られてきた書類へと目を通していた。それから暫くして、一本の電話がかかってきた。事務の人が席を外していたので、代わりに藤谷が電話に出た。
「はい、東海電気鉄道青葉台営業所です」
『お忙しいところ申し訳ありません。私は桜崎プロダクションでマネージャーをやっております田崎と申します。ところで、そちらに藤本純一様はおいでになられますでしょうか』
「藤本は、現在乗務に出ております。昼ごろには戻ってくるとは思いますが…」
『そうですか。それでは後ほどまたお電話させていただきます。すみませんが失礼します』
 電話が切れると、電話をかけてきた相手の名前と時間をメモ帳に書き、純一の机の上にある本を文鎮代わりのようにして置いた。
「でも、なぜ藤本がここに勤めているのがわかったんだろうか…」
恐らく、名刺をなんかの形で交換していたのではないかと思い、この時は別に気にはせず、電話が来たことだけを伝えることにした。
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