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● 時のメロディ --- 2,素直な気持ちを表せない人気アイドル ●

 神崎市にある地域型ラジオ局『RNP-STATION』、有名芸能人がパーソナリティーを勤める人気番組『AB-MATCH』パーソナリティーとなっている芸能人が1日ずつ交代して、この番組を進行していた。今日は、ある人気アイドルがパーソナリティーを勤める日だ。
「では、『AB-MATCH』の収録を行いますので、パーソナリティーの方お願いします」
という、スタッフの呼び出しアナウンスで、1人の人気アイドルが控え室から出てきた。
 スタッフの誘導のもと、スタジオへ向かう。
「今回の場合は、すこし表現力を出してもらって、手紙とかを読んでください」
「はい、わかっています。ラジオは声の表現が大事ですからね」
 スタジオに入ると、スタッフの人と打ち合わせをした。そして、DJ席へと座った。まもなくして、放送開始の時刻になった。
「はい、では…。スタンバイをお願いします。曲が流れて20秒くらい後からお願いします」
「はい、スタンバイOKです」
「では…3,2,1,スタート!!」
 曲を流れ始めると、その番組のパーソナリティーがしゃべりだした。
「はい、それでは始まりました『AB-MATCH』。今日は朝風ルナがお届けしまーす」
 パーソナリティーの通称は『朝風ルナ』という、現在、一番売れている人気アイドルである。彼女が一番売れている理由としては、そのあいらしさであろうか。ほとんどの場合、彼女の声が、耳に入ってくると幸せな気分になるという。やはり、その癒し系として評判が高いのもうなずける話だった。今日の『AB-MATCH』放送開始から、すぐにファックスやメールが届いてきた。
「今日のキーワードは『自分から誰かにアドバイスしたい事』です。もう、メッセージが届いています。えーっと、神崎市藤崎区にお住まいの、ペンネーム,アイシスさんからいただきました。『もっと自分に素直になれば、きっといい事があるよ』と来ています。はい、確かに言われて見ると、時々素直じゃない時とかありますよね。それでは次のFAXを…」
 何となく、それは自分に対するアドバイスなのではないかと彼女は思った。しかし、何に対しても正直になれない自分がそこにいる。
「すみません。次のFAXを紹介する前に、リクエスト曲の中からこの曲をお届けします」
 曲が流れると、手元マイクのスイッチを一端切り、彼女は背伸びをした。そして、今さっき読んだFAXを見返した。
「自分に素直になれ…か」
 このラジオ番組は、サラリーマン男性などが主なリスナーであり、独自のスローガンがこの番組にはある。
『聴いたリスナーの方々が、元気になれるような番組にしよう』
 それがスローガンとなり、主な決まりごとになっていた。特にパーソナリティーは、それに気を使う。彼女の場合も例外ではない。
 しかし、自分の気持ちをはっきり出来ない事が彼女の悩みでもあった。それを知っているのは、一部の親友だけであり、ほとんどの人は知る由もなかった。
「自分にはっきりできないわたしが、この番組のパーソナリティーをしていてもいいの…?」
 時々、番組のプロデューサーに聞く事だってある。聞かれたプロデューサーはほとんど、同じ答えを言うだけだった。
「それは、君が決めることだから、気をしっかり持ってやれば大丈夫だよ」
 ほとんど、聞いていないような答え方で、彼女自身はすっかり自信もなくしていた。そんなときに彼女を元気付けるのは、ある詩の一節だった。
『たとえ秘密を多く持っていても美しくはないけど、大きな心や優しさで美しくなれるよ』
 友達が書いた詩だが、彼女はそれを復唱したりしながら、何度も立ちはだかった困難を乗り越えてきた。しかし、今回は簡単に乗り越えられそうではない。なぜなら、その詩を書いてくれた友達も、2年前にこの世を去ってしまったのだから…。
「もう、2年も経っちゃうのか…わたしの心は、あの日のまま止まっちゃったよ」
 AB-MACHIの放送が終わり、楽屋へと戻った。化粧台の鏡を見ても、そこには自分しか写っていない。
「…しっかりしなきゃだめだよ、私…。そうしないと愛美ちゃんに笑われちゃうから」
 自分に言い聞かせないと、自分を見失ってしまいそうだった。
 トントンと、楽屋のドアを叩く音が聞こえてきたので、彼女はドアのところへ行った。そこにいたのはマネージャーの田崎だった。
「次はテレビ局で、新曲の発表だから…」
「はい、今行きます」
 マネージャーの車へ乗り込むと、テレビ局へと向かった。
 テレビ局で新曲の披露が終わると、彼女は帰る支度をした。楽屋の時計を見ると既に夜の11時を過ぎていた。
「今日の仕事は、これで終わりだから。今日はとりあえずマンションまで送るから」
「はい、どうも」
 支度を済ませると、マネージャーの後をついていった。
 朝風ルナの所属事務所である『桜崎プロダクション』は、神崎市に事務所を構えている芸能プロダクションで、所属する芸能人は30人を超える。中でも、彼女は1番の人気を誇り、長者番付の常連にも入る売れっ子だった。だからこそ、マネージャーを専門につけているのであろうか。
 マンションの前に着くと、車を運転していた田崎が先に車を降り、佐奈の荷物を手にした。
「明日は朝8時に迎えに行くから。それまでには支度しておいてね。じゃ、お休み」
「はい、わかりました。お休みなさい」
 後から降りた佐奈を、荷物と一緒に部屋まで送り届けると、田崎は帰っていった。
 現在、佐奈の住むマンションは、事務所が手配したもの。手配しておいて、そこに関係者を住まわせることによって、最低限の連絡を取ることが出来るようにしているのだろう。
「さてと、今日も1日がんばったな」
 洗面台で化粧を落とす。ラジオの仕事でも、化粧をしないのはうまくない。だからといって、化粧をつけっぱなしでいるのは肌によくない。化粧は濃すぎるのもダメだし薄すぎるのもダメ。ちょうどいいところを見つけることや化粧を落とす丁寧なやり方なども同じ事務所の先輩のに教えられていた。
「そういえば…最近、さくらに電話してなかったなぁ。もう、寝ちゃったかな?」
 鞄の中から携帯電話を取り出すと、同じ芸能事務所の親友、神本さくらのところへ電話をかけた。時間的には家にいるだろうが、既に寝てしまっている可能性も否定できなかった。
『もしもし…』
「もしもし?さくら??」
電話の呼び出し先の人物が眠たそうに出た。
『あぁ…佐奈…。もう、寝始めたところで電話かけないでよ』
「ごめん。起こしちゃったね」
『まぁいいけどさ。…今日の仕事、みんな終わった??』
「みんな、終わったよ。今、自分のマンションから電話をかけているけど」
『そっか。明日、佐奈の仕事が終わってからでいいからさ、飲みに行かない??』
「えっ?うん、いいけど…明日は、予定だと7時で終わりかな」
『決まり。明日の8時に、事務所の前に』
「わかった。じゃあ、お休み」
『じゃあ、お休み…』
 電話が切れると、彼女はシャワーを浴びに浴室へと行った。シャワーを浴びて、部屋に戻ってくると、そのままベッドに仰向けに倒れこむと、ベッド横のテーブルに飾ってある写真立てを手にとった。
「お父さん、お母さん…やっぱり、まだわたしのことが心配ですか??私は大丈夫だよ」
 その写真は、高校を卒業したときに家族そろって撮った。そのシャッターを押してくれたのは、いっしょに卒業生した同級生の男子生徒だった。2年の時に転校してきた彼は、少なくとも、中学時代のルナにとっては、一番仲のよかった男子生徒であろう。母親とともに校門を出ようとしていたところを呼び止めてカメラを渡すと、両親とともに並んで、写真を撮ってもらった。
「さてと…寝よう…」
 掛け布団を被ると、電気を消した。すると、星や月の明かりがカーテンを通して部屋にはいってきた。雲のない晴れた夜は部屋の明かりを真っ暗にしても、カーテンを通してはいってきた月の光がほのかに明るい。一人暮らしにはほとんど慣れているし、さほど怖くも寂しくも無かった。でも、最近に限って少し事情が違った。いつもとは違う寂しい気持ちになってきたのだった。今までは、こんな気持ちになったことなんて無かったのに…。
「…なんで寂しいのかな」
 途端に、目元がぼやけていくのに気づいた。
「…こんなじゃダメなのにね…なぜ泣いてるんだろう」
 目にたまった涙をそばの机に置いてあったタオルで拭くと、カーテンを開けて空を見た。
「いつも見なかったからわからなかったけど、少し慰められた気持ちになるよ」
 カーテンが遮っていない分、月や星の光が彼女に降り注ぐが、その光はとても優しかった。まるで『泣きたければ、泣けばいいんだよ。誰も慰めてくれなくても、私だけはずっと慰めてあげるから』というように。
 急に気持ちが軽くなった彼女は、月や星たちの方を見ると、お辞儀をした。
『とても気持ちが軽くなった気がします。本当にいつもありがとう』
 そう小声で言うと、再びカーテンを閉めてまぶたを閉じた。
 翌日、6時30分に目が覚めた彼女は、出かける支度を始めた。いつものように朝食を摂ると、手軽な身支度を整え、8時5分前になったのを見計らって部屋を出た。田崎が車で迎えに来るのを待っている間、会社に出勤するかつての同級生と久しぶりに会った。
「久しぶりじゃん、佐奈」
「由美子こそ」
「ちゃんと覚えてくれてたんだ。それにしても、結構有名になったみたいだね」
「そうでもないと思うけどね」
「十分人気者でしょう。あの時はあまり目立たなかったのに、何で急に目立っちゃったの?」
「よくわかんないなぁ。気づいたら有名だったし」
「いつか有名になりたいね…。だれかあたしをモデルにでもスカウトしてくれないかなぁ」
「きっとスカウトしてくれる人が来るよ。」
「そうだといいけどね…。あたしは会社だから。じゃあね」
「バイバイ」
 彼女の方が大きく手を振るのに対して、彼女は控えめに手を振った。それとすれ違いに田崎の車が来た。信号にでも引っかかったらしく、彼は少しあわてていた。
「ごめん。遅くなった。じゃ、行こうか」
「はい」
 そういうと、佐奈は田崎の車に乗り込むと、田崎は急いで車を発進させた。この日の天気は、澄んだ青空であった。
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