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● 時のメロディ --- 19,それぞれの思い(その3) ●

「もう少しで半分終わる…」
 車でバス停まで移動し、新しい時刻表とかを貼って、それが済んだら次のバス停へと移動…。その作業を繰り返して2時間以上経ち、一息つけるかと車を止めた。
 そこは山の中にある月風展望台で、純一も仕事が終わってから時々訪れている場所でもあった。自販機でコーヒーを買って口にしながら、夜空を眺めながら独り言を呟いていた。
「後、どれくらいやれば片付くんだか…」
 一番遠い方にある、双海市の方面から先に取り掛かり、バス停のある山道を一往復、バス停の時刻表を貼りかえながら走ってきていた。
 一旦青葉台市内へ戻って、今は城戸崎海岸線の途中地点だ。夜が明けてしまえば、新会社である『青葉台交通』の路線バスが走り出してしまう。その前には作業を終わらせたいのだが…。
「終わるかな…」
 不安を漏らしながら缶コーヒーを飲んでいると、青葉台市街の方から一台の軽自動車が上ってくるのが見えた。
「こんな時間に、珍しいな。普通の一般道だし、通っていても当然だけど…」
 ふと、携帯電話に目を通すと『着信あり 2件』の表示がある事に気づいた。
「誰だろう…」
 電話番号を表示させると、それは佐奈の携帯電話の番号だった。その前には、高橋の携帯番号が表示されている。
「…言えないよな」
 携帯電話の画面とにらめっこしながら、かけようかどうか迷っていた。着信があったのがちょっと前だったため、もしかしたらまだ起きているかもしれないという期待が少しあった。
「ここにずっといても進まないし…。そろそろ始めるかな」
 携帯電話をポケットの中にしまい、缶コーヒーを飲み干すとゴミ箱へ缶を捨てて、展望台を出ようとした。
 純一がスカイラインに乗り込もうとしたとき、さっき上ってくるのを見ただろう軽自動車が、展望台の駐車場へと入ってきた。そして、そのまま純一のスカイラインの隣に止まった。
「…確か、あの車って、高橋さんの…」
 その軽自動車が駐車場へ止まると、中から2人の女性が降りてきた。
「高橋さんと、佐奈?」
 軽自動車から降りてきたのは、高橋香織と石川佐奈だった。
 高橋はともかく、佐奈まで駆けつけてくるとは、さすがに予想だにしていなかった。その驚きを隠せないながらも、何とか冷静になろうとした。
「何を、一人で抱え込んでるの?」
「…別に、そんな事無いよ」
「一人でバス停の時刻表を貼り直さなくても、3人でやれば早いよ」
「…わざわざ、追いかけてきてくれたのか?」
「そういうわけでも、無いけどね…」
「でも、その気持ちだけでも、ありがたいよ」
 それから3人は、バス停の時刻表を貼る作業を協力して行うこととなった。
 高橋の車を展望台の駐車場へ置いて、純一の車へと3人が乗り、バス停まで来ては、時刻表を貼り直していった。
「双海市内は??」
「もう貼りなおして来た。やっぱり、バス停自体を替えた方がいいやつも、結構あったな」
「そうなの…。それで、松本さんとかは、もう帰ったの??」
「いいや、仮眠室で寝ている。時間の早い便を担当するらしいから」
 純一は、最初は時間までに終わりそうにない、この作業をやり始めたとき、一種の憂鬱感があった。
(本心は非常に疲れているのに、誰かが一緒に作業をしてくれるだけでも違うのか…)
 しかし、途中からとはいえ、高橋と佐奈が、助け舟のように現れてくれたことで、憂鬱感も薄れていった。
 3人で話をしながら、作業を進めていた。しかし、あるバス停で作業をしている最中、佐奈は何か冴えない顔をして、目の前の景色を見つめていた。
「…どうかした??」
「えっ…」
「悪かったね。夜遅くに、こんな事を手伝わせてさ」
「いや、そんな事無い… けど…」
「何?」
「…なんでもない」
 佐奈は純一の声を振り切るかのように、反対車線にあるバス停へ行くと、古い時刻表を剥がし始めた。
(何か、変なことでも言ったかな…)
 純一は首をかしげながら、作業の続きをはじめた。
「…佐奈さん」
 貼り付ける新しい時刻表を手に取りながら、高橋は一人で作業する佐奈の姿を見つめていた。
 そして、振り切られるかのように避けられてしまったことが気になってか、ずっと考え事をしながら貼り付ける位置を決めている純一とを見比べていた。
 地元バス会社の運転手と人気アイドルという、世界があまりにも世界が違いすぎるけど、嘗ては近い間柄だった2人…。本人を目の前にして、気持ちを素直に伝えられない佐奈と、その気持ちを分かっていても、声をかけづらい純一。相思相愛のはずなのに、その気持ちを伝えられない二人…。
 それぞれの気持ちは分からなくないだけに、高橋はもどかしかった。
(どうして、気持ちを伝えられないのかな…。2人とも、互いを知っているはずなのに…)
「…佐奈さんと、何かあったんですか?」
「…」
 話しかけようとしても、純一は何かを思いつめたまま、口を閉ざしていた。
(…こうなったら無理にでも、2人だけにするしかない)
 高橋は何かを考えつくと、それが簡単に出来る、一度限りのチャンスを狙っていた。
 全てのバス停に新しい時刻表を貼り終えて、3人は帰路へついた。その道中、車内には何処か気まずいムードが漂っていた。一触即発で喧嘩になるとかそういう事ではないが、何かの弾みでどうにかなってしまいそうな雰囲気があった。
「帰りに、月風展望台へ必ず寄ってね」
「ああ…そうか。高橋さんの車を、置いてあるんだもんな」
 中里町の中心街に向かう道路と、青海温泉街を通って月風展望台の方へと続く道路の分岐点へ着き、信号待ちをしている間に、高橋は月風展望台へ行くように純一に言った。
 やがて、3人の乗った車は展望台に着き、止めてあった高橋の車の隣へと止めた。
「少し急いでいるから、ここからは2人で帰ってくださいな」
 後ろの席から佐奈が一旦降りて、助手席に移る際、自分の車の鍵を開けた高橋はそっと耳打ちした。
『勇気を持って、自分の気持ちを、素直に言えばいいの。頑張って』
「えっ??」
 佐奈が高橋を呼び止めるより前に、高橋は自分の車へと移り、とっとと展望台を後にしてしまった。

 高橋は自分が運転する車の中で、偶然つけたラジオから流れてくる、朝風ルナの歌を聴きながら、彼女が迎えた最大の局面が、上手くいくように願っていた。
(上手くいくと、いいけどな…)
 一方、残された2人はというと、その場をなかなか離れることも出来ずにいた。
「高橋さん、何を急いでいたのかな。でも…夜も遅いし、さっさと帰ろうよ」
「…そうだね」
 ようやく動く気になり、2人を乗せた車が月風展望台を後に、転々と立つ街灯のみが照らす、暗い夜道を進んで行った。
「本当に…。今日は悪かったね」
「そんな事いいよ。だけど…」
「…どうしたの?」
「…止まって。走っている最中だと、どうしても、上手く話せないよ」
「…分かった」
 どうして展望台にいた時に話さなかったのだろう。高橋さんは、きっと2人だけになれるようにと立ち去ってくれたのに、言い出すチャンスを今までずっと逃がしていた。純一がバス停のところで車を止めた時、佐奈は胸に手を当てて気持ちを落ち着かせた。
「あのね…。私、大型の免許取ったんだ」
「頑張ったね。スカイラインよりも、ずっと大きな車体を動かすのも、大変だったでしょ」
「ありがとう。でも… 実は、話したかったのは、それじゃないの」
 ふと、佐奈の手元を見ると微妙に力が入っているのか小刻みに震えていた。
「私… ずっと、愛美ちゃんのことが羨ましかった」
「えっ??」
「私は朝倉学園、純一君と愛美ちゃんは青葉台高校にそれぞれ進学して…。しばらくは、ずっとメールとかのやり取りしてたでしょ?」
「…そうだったな」
「でも…。いつしかメールが何日経っても返ってこなくなって…。私、寂しかった」
「…」
「どうしても会いたくなって、青葉台高校の門の前で、ずっと待ってた。半分は悪戯心もあったけど、もう一度、一緒に話したいと思って、ずっと…」
「…俺もずっと気づいてたんだよ。でも、待っているのは俺じゃないと思って、声をかけなかったんだ」
「嘘だよ絶対…。だって、純一君は愛美ちゃんと仲良くなっていて、私なんか視線にはいってなかった…」
「…」
 純一は高校進学とともに、一緒に進学した愛美と付き合うことの方が多くなって、いつしか佐奈とは疎遠になっていった。愛美と学校を出ると、朝倉学園の制服を着て佇む佐奈を度々見かけた。
 だけど、途絶えたメールのことに対する後ろめたさが、彼女に話しかけるのをいつしか拒ませてしまった。そして、それを愛美という彼女がいるという事で正当化している自分がいた。そうやって通り過ぎるたびに、佐奈をずっと傷つけていたのだと思うと、純一もやりきれない気持になった。
「それが純一君の幸せだと思って諦めたよ。2人が幸せになればそれでいいと思ってさ…」
 佐奈の目から、涙があふれ出てきているのに気づいたとき、高校時代にした、佐奈に対する過ちを後悔した。
「…」
「でも、今なら本当の事を言える。私は、今でも純一君のことが、好きでどうしようもないの」
「佐奈…。でも、本当に俺でいいのか? 高校の時に散々、佐奈のことを傷つけていった、俺でいいのか??」
「何をいまさら…私に恥ずかしい思いまでさせて…。こうなったら、恥ずかしい思い、させてやるんだから…」
 夜の街灯に照らされた車の中で、2人は唇を重ねた。アイドルである彼女からの、あまりの不意打ちに驚いた純一ではあったが、彼女のあまりに本気すぎるその行動を、ただ受け止めるしかなかった。
「…俺も、佐奈のことが好きだ。アイドルになった佐奈も、中学の時から全然変わらない、親友の佐奈も」
 純一が、佐奈の思いを受け止めて、これからともに歩いていくことを決意した時には、既に夜明け近くになっていた。
「愛美ちゃん、許してくれるかな…」
「どうか分からないけど…。愛美は分かってくれると思う」
 営業所へ戻る車中、どうしても思い浮かんでしまった愛美のことを話していた。
『私のことは気にしないでいいよ。純一君と佐奈ちゃんが2人で幸せになってくれることが、一番の望みだったから…』
 2人には、そういう愛美の声が聞こえるような気がした。
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