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● 時のメロディ --- 18,それぞれの思い(その2) ●

 暗い夜空の中を、高橋香織は自分の軽自動車に朝風ルナを乗せると、暗い夜道を走っていた。ぽつんと立つ街灯と家の明かりだけが照らすだけの空間は、慣れてはいても身震いがする。
「ゴメンね。こんな夜遅くに呼び出して」
「別にいいよ。でも、どうしてこの時間に??」
「…明日、青葉台営業所が独立するんです」
「そうだったね」
「それとは関係ない事を一つだけ聞きたいんですが…。その、藤本さんと何かあるんですか?」
「えっ?」
「ちょっと…。昨日、藤本さんにあなたの事を聞いたら、顔色を変えて何も話さなかったんですよ。それに、何か躊躇しているような感じがしたので…」
「別に、おおそれた関係ではないけどね。中学の時に転校して来た同級生、それが藤本君だった。卒業してからは何年も会わなかったけど、再会したのはつい3ヶ月前かな」
「3ヶ月前というと…。あのロケ?」
「そう。向日葵高原でロケがあったとき。でも、実はそれより少し前なの。マネージャーの車が壊れて立ち往生していた時に、助けてくれた車があったのよ。青のR32… それに乗ってたのは純一君だった。その時は私も気づいてなかったけどね」
「その向日葵高原ロケの時に、本所ではなくて青葉台営業所に貸切バスの依頼書を出したのって…」
「私が番組の製作チームに掛け合ってね。元々は違う出演者だったけれど、その人が降板したから私が代わりに。でも、あのロケは楽しかったな…。気づいてもらえないけど、久しぶりに二人で歩けたから」
「…やっぱり、ロケの時に藤本さんが出演したのって、意図的だったんですか?」
「そう仕組んだのは本当だけど、最初は出てくれると思わなかった。私の好き勝手なお願いを突然言われて、答えてくれるかどうかも分からなかったし…」
「…そうだったんですか」
「出てきてくれただけでも嬉しかったけどね。本当に、あのロケは本当に楽しかったな…」
「そのロケから帰って来た時、何か嬉しそうだったんですよ。後で放送された番組を見て、驚きましたけどね」
「…あの時は、私も嬉しかったけどね。でも、それがきっかけというわけでもないけど…。昔からの友人のことを思い出してね」
「昔の友人??」
「デビューした時から、何曲かの詞を書いてくれていた友達なんだけど、3年前に…」
「3年前…。藤本さんも、それくらい前に彼女さんを亡くしているんですよね。その人の名前は何ていったかな…」
「多分、『相澤愛美』…じゃない?」
 高橋が、純一から聞いたことのある名前を、ルナがすんなりと答えてしまったことに驚きを隠せなかった。
「どうして知っているんですか?」
「知っているも何も…。私の小学校時代からの友達だから。高校だけは違かったけどね」
 そのうちに、高橋はある場所に通りかかって車を止めた。
「…青葉台高校の跡地でしょ?」
 既に校舎の建物はなく、所々に少なく面影が残るだけの場所となった、嘗ての学び舎。
「…この学校に通っていたんですか?」
「残念ながら、通ってないわ。純一君と愛美ちゃんは青葉台高校に通ったけど、私は神崎市街にある朝倉学園へ進学することになって、ここでお別れになったの。その時に、愛美ちゃんに『純一君をよろしく』って言ったのが、この校門の前。高校に通っている時とか、この門の前で純一君や愛美ちゃんが出てくるのを待った事もあったな…」
 ルナが門に寄りかかりながら、昔のことを思い出していると、バスが何台も連なって通り過ぎていった。
「営業所にいた車両全部が、引き継がれると思っていたんですけどね…」
「皮肉なものね。青葉台を去って会社に残り、逆に青葉台に残るものは会社から去るというのだから…」
 2人とも言葉に詰まってしまい、静寂な空気が流れた。
「…知ってる? 私が車の免許持っているのって」
「そうなんですか?」
「高校を卒業する時には、もう取っていたの。ずっとペーパードライバーだったけど、純一君に乗せてもらった車に影響されて、自分の車をようやく買って、運転をしだしたり…」
「それって、白いスカイライン?」
「そう。中古車屋さんに並んでいたその車を一回見ただけで気に入ってね。でも、本当のことを言うと純一君に少しでも近づきたかったから。その車も、純一君のお父さんの運転する車と事故を起こして壊れちゃったけど…」
「やっぱり、あの事故の当事者ってルナさんだったんだ…」
「…でも、事故を起した相手が自分のお父さんだったから、あそこまで心配したとは思えないな」
「やっぱり…。藤本さんは佐奈さんに恋を?」
「それは分からないよ。でも、私は面と向き合って、純一君に、本当の気持ちを伝えたい。嘘偽りの無い、本当の気持ちを…」
「そうですか。そろそろ、上ってくるんじゃないかな」
 夜も遅くなって、前の道路を通る車が少なくなった頃、一台のバスが上ってきた。そのバスが高校の跡地を通りかかって、2人がいる場所を通り過ぎる間際に、そのバスを運転している人が、二人に気づいて軽く敬礼した。

「知り合いでも立っていたのか?」
 左側の一番前の座席に座っていた松本が、バスのハンドルを握っていた純一に話しかけた。
「…高橋さんと、朝風ルナさんがいたんだ。それに気づいただけだ」
「本当か?」
 後ろの席にいた藤崎が、右側の席に移って確認しようとした。既に高校跡地を通り過ぎてしまっているため、それを確認する事は出来なかった。
「…ここまで来てしまったら、確認するにも見えないだろう?」
「いや、単に悪あがきだよ」
 席を移って座った藤崎と松本が話しているのを、純一はただ黙って聞いていた。信号が青になって再び走り出しても、純一はハンドルを握って前を見ながら考えていた。
(でも、どうして…。あそこに高橋さんと佐奈がいたんだ?)
 そして、その予想外の出来事に驚かなかった自分を、不思議に思っていた。
「どうした?」
 しばらく進んで、次の信号で止まった時、松本が、純一へ話しかけた。
「もしかして、さっきの事を考えているのか?」
「ああ…。それにな、普通に驚かなかった自分が不思議でしょうがなくてな」
「何だそりゃ? もしかして、期待とかしていたんじゃないか??」
「…そんな事無い。事前に知ってもいないし」
「純一は多分、朝風ルナを知っているんじゃないか? ファンとかそういう立場ではなくて、もっと身近な立場でさ…」
「どうして、そんなことが言えるんだよ?」
「…実はな、俺が中古バス屋の前を通りかかった時に、見慣れた車が置いてあるのが見えて、近くに自分の車を止めて中の様子を伺ったんだ。そうしたら、お前と作業服を着た男が並んで話しているのが見えた。それと同時に、何を話しているかも、聞いてしまったんだ」
「…」
「…本当のことを言ってくれ。芸能人の朝風ルナは、本当にお前の同級生なのか?」
「…そうだよ。但し、中学校時代のほぼ2年間だけだ。俺も気づいたのは最近だけどな」
「同級生というだけなら、そんなに特別な感情もわかないだろうけど…」
「その頃に一番仲良かったが、石川佐奈さん…つまり、朝風ルナさんだったんだよ。友人ではあったけど、付き合うまではいかずだった。ずっと俺の片思いだと思っていたがな…」
「そんなに親しい間柄だったのか。でも、石川佐奈というのは、ルナさんの本名なのか?」
「ああ…。でも、俺にはまだ、佐奈を受け入れることは、まだ出来ない」
「…愛美さんのことか」
 松本が真髄に触れようとしたとき、バスは青葉台営業所へと着いてしまった。それまで、窓の景色を見たりしていた藤崎までもが、2人の話に加わってしまった。
「純一、それを何故教えてくれなかったんだよ」
「…知っていたからって、教えて何になる。これが知れた地点で、ルナさんを芸能界が、スキャンダルで追い込んでしまう危険性もあったんだ。だから、彼女が芸能界を引退するまでか、俺のことを彼女自身が口にするまで、そっとしておきたかったんだ。俺のせいで、ルナさんの人生を壊すわけにはいかないからな」
「…そうか。この事を北沢たちが聞いていたら、どんな事になるか分からないからな。あいつらが自慢話として外に漏らす危険性も否定できないし」
「とにかく、事を荒立てたくなかったから、今までずっと黙っていたんだ。それだけは理解して欲しい」
「…分かった。あいつらには、絶対にしゃべらないでおく」
「そうしてくれればありがたい。とにかく、明日のことを考えなければいけないな」
「…俺ら、仮眠室で寝てもいいか? 明日の運用も早いやつだしさ」
「そうしたほうがいいな。寝不足で、初日から事故を起こされたら、ひとたまりも無いから」
 松本と藤崎は先に事務所へと入っていった。純一はというと、事務所へと入ったが、なかなか寝る気にもなれなかったため、事務所においてあった時刻表に目を通した。
「ヤバい…。急いで貼りなおしに行かないと」
 純一は慌てるかのように、バス停に貼る新しい時刻表を手にとると、事務所を出て行った。
「こんな事だったら、車両を本所に返しに行く時にやって来ればよかったな…」
 神崎駅から青葉台駅までの区間は、今度からは本所… 明日からは『別会社』となる、東海電気鉄道神崎営業所と共同での運行となる。バス停は共同利用ということでそのまま使用できるのだが、今度は別々に時刻を記述したものにしなければならなくなる。
「面倒だけどな…」
 新しく貼り付ける時刻表などをまとめて、自分の車へと積み込んだ。
「さてと…行くか」
 乗務に出ていなかったとはいえ、新会社にかかる準備に今まで奔走していた。
 あまりに疲れて、言う事を聞いてくれない体を何とか動かすと、再び営業所を後にした。
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