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● 時のメロディ --- 14,メッセージ ●

 純一は仕事が終わってから、楽譜と歌詞が書かれた原稿用紙が入ったファイルを持ち、田崎に電話で聞いた音楽事務所へと向かった。
 きっと朝風ルナは、ここのスタジオでレコーディングをして、作り出されたマスターテープを元に、工場でCDが作り出されていったのだろう。 
 受付で代表を呼んでもらうと、少しの間待たされた後、代表という方が出てきた。
「お待たせをいたしました。私が代表の塚本と申します」
「失礼します。桜崎プロダクションの田崎さんの紹介で来ました、藤本と申します」
 純一は、土産にと菓子折りを手渡して挨拶を交わした。
「これはどうも。お忙しい中」
「実はですね。これを見ていただきたいんですけれども」
 そういうと、ファイルの中身を塚本に手渡した。
「…相澤さんの作詞ですか。そういえば、製作途中で立ち消えになった曲がありましたけど、これだったんですね」
「いろいろと理由があって、歌詞とかを私が持っていたんですけれども… 見て欲しいんです」
「分かりました。でも、この歌を私が見てから、どうするつもりですか?」
「…朝風ルナさんに渡して欲しいんです。歌うか歌わないかも、彼女の判断に委ねてほしいんです」
「委ねるといってもな…」
「田崎さんに聞いているんです。最後にアルバムをリリースするのに、何曲かレコーディングすると」
「…確かに、そうなんだがな。この歌を、果たしてルナさんが歌ってくれるかな」
 純一がすがる気持ちで頭を下げた。
「これは、俺の気持ちだけではありません。この詞を作った愛美の願いでもあるんです。どうか、お願いします」
「分かりました。最大限の努力をさせていただきます」
 純一は音楽事務所を後にすると、同じように仕事を終えた田崎と、近くの居酒屋へと飲みに行った。
「すみませんね。急に呼び出してしまって」
「別にいいさ。でも、どうして急に??」
「…3年前まで、ルナさんの曲を作詞していた人から、歌詞を預かったんです」
「3年前までは、たしか彼女の希望で、相澤さんとか言う人に書いてもらっていたな…」
「そうです。その相澤愛美というのは、僕の高校時代の同級生でした。3年前に彼女が他界してから、僕が知らないうちに、彼女から歌詞を預かっていたんです。それが3年も経ってから、その存在が分かって…」
「3年前…。丁度、その頃からだったな。ルナの歌から、何かが消えたんだよ」
「その歌詞を、その事務所の方に見てもらって、ルナさんに渡して欲しいと頼んだんです」
 その時、田崎が持っていたコップをテーブルの上に置いた。
「でも、どうして3年前の歌詞に気づいたんだ?」
「…理論的にはおかしいのかもしれませんが、昨晩に愛美が教えてくれたんですよ。目の前に現れてね」
「死んだ人が現れたなんて、どうも信じられないな…」
「でも、愛美は何かしらで、その歌詞をルナさんに渡したかったんだと思います。僕はそれに気づくことは出来なかったけど、愛美は霊になって現れて、その存在を俺に伝えたんです。愛美はきっと、その歌詞がルナさんに渡ることを望んだのだと思います。それに、ルナさんとは運転手になる前に一度会っているんです。いいえ、近い間柄だったんです」
 純一はそっと、財布から2枚の写真を取り出した。1枚は空港で撮った愛美とツーショットの写真、もう1枚は中学の修学旅行の時に時に、同級生だった石川佐奈(現在の朝風ルナ)と撮影したものだった。
「俺自身も、彼女を目の前にしているのにずっと気づきませんでしたけど…」
 純一が出した写真を眺めながら、田崎は再びコップを手に取った。そして、その中身を飲み干すと、また酒を注文した。
「中学時代か。そういえば、芸能界に入りたての頃だったかな。中学時代に友達だった男の子のことを話していたけど、その男の子って、純一君のことだったのか」
「…そうかもしれないですね。今となっては、その答えは分かりませんけど…」
「いつもの純一君と比べれば、何か情けないじゃないか」
「何かしらで頭が混乱状態なんですよ。愛美や、ルナさんの気持ちを考えると…。自分のやっていること事態に、疑問を感じてしまうんです。あの歌詞を見つけても、そのまま封じてしまったほうがよかったのかもしれないとも…」
「…僕はルナじゃないから分からないけど、僕がルナの立場だったら、多分見たいと思うだろうな」
「でも、それをルナさんが見て、何と思うのか」
「嫌なものとは思わないだろう。親友が残した忘れ形見をさ」
 純一は持っていたコップの中身をグイッと飲み干すと、疑問に思っていたことを田崎に聞いた。
「あの時のコンサートって、ルナさんが引退する前の最後のコンサートだったんですよね?」
「そうだよ」
「だとしたら、おかしくないですか? 引退したはずなのに、CD出すなんて」
「そうかもしれないな。ただ、そういう形でのアルバムCDを出すことには、一応なっているんだよ」
「…でも、そのCDを出したら、本当に彼女は引退になるんですかね?」
「僕にはわからないな。ただ、ルナ自身は、引退後の進路は決めているみたいだけどな」
「進路?」
「ルナは大型免許を取るのに、有給を使って、本格的に教習所へ通うらしくてな」
「大型免許…」
 どこかの教習所で、普通の自動車教習生に混じって、トラックで教習を受けているルナの姿を純一は思い浮かべた。
 普通の自動車よりも大きく、普通の道路でも操りづらい大型のトラックやバスを運転するのに、必要な大型免許を取得する事に挑むだけでも大変な勇気がいる。それに、扱いも自動車とは比にならないくらい難しい部分も多いだろう。
「普通に考えれば、大型免許を取る必要はないと思うんだ。だけど、それを取得しようとしているのは、何故だと思う?」
「…分からないですね」
「僕には、ルナが今までと違う夢に向かって進もうとしていると思うんだ。アイドルとしてではない別の夢にさ」
「別の夢…」
「多分、純一君に関係してくるんじゃないかな」
(…佐奈がアイドルを辞めてまで、進もうとしている夢って何だ?)
 田崎と別れた後に、その答えが分からないまま、夜は更けていった。
 翌日になっても、純一は昨日のことが気にかかっていた。
 それから3日近く経った後、久しぶりに仕事が休みだったため、車で街中のショッピングセンターへ行って買い物をした。
 その後、普段は路線バスを運転して通る道を自分の車で走ってみた。それまでも、何度か通っている道なのに、その感覚に違和感を感じた。
「同じところを走っているのに、やっぱり車とバスでは違うな」
 そのうちに、旅行会社の看板に目が止まり、近くにあった駐車場へ車を止めた。
 旅行会社に普段はあまり立ち寄らないが、どんな旅行企画があるのかが気になっていた。何気なく掴んだパンフレットに目を通していた時、ふと振り返った目の前を、教習所のトラックが通り過ぎていった。
(佐奈が大型車の教習を受けている…。いったい、なぜ?)
 目の前を通り過ぎた、教習所のトラックの運転席に座っていたのが佐奈だとは断言できないが、所内か路上のどちらかで、きっとハンドルを握っているのだろうか。
(きっと、佐奈なりに考えがあるんだ。俺は、何も言えないんだ)
 旅行会社のパンフレットを置くと、純一はその場を離れた。
 それから数日経って、仕事が終わった純一は車の中から、ルナに電話をかけた。今から会えないかとか、そういう話ではなく、どうしても知っておきたい事があったからだ。
「ルナさん、どうしても謝らなければならないことがならないことが…」
「私には全然心当たりとかもないんですけど…。何かあるんですか?」
「…僕はずっと、ルナさんのことを騙していたのかもしれません」
「えっ?」
「実はですね…。病院でルナさんを待っていた時に、昔に聞きなれた名前を聞いたんですよ。それは、中学時代に転校してきてから、仲良くなった女の子の名前だったんです」
「…」
「マネージャーさんに聞いたら、それをルナさんの本名だと教えてくれたんです。ずっと半信半疑だったんですけど、そうとしか思えなかったんです」
「…」
「ルナさん…。あなたは、中学時代に同級生だった…佐奈なんでしょ?」
「やっぱり気づいたんだ…。私はずっと、運転手している純一君を見てたよ。でも、全然気づいてくれなかった」
「ごめん。夢をかなえた佐奈に、ずっと気づいてあげられなくて」
 純一は、佐奈に心の底から謝った。
「それなら、なぜ私が教習所へ通っていることもわかるでしょ?」
「…分かっているよ。それは。でも、佐奈は無理をしていないか??」
「無理してないよ」
「どうしても、僕にはアイドルを辞めたくないと思っている姿しか見えないんだ。もし、ここで芸能界をやめてしまったら、絶対に後悔すると思う。もし、まだ芸能界に未練があるなら、今のままアイドルでいるべきだと思う。今だったらまだやり直せるから」
「私は、本当に芸能界に未練なんてないから。本当に、純一君と歩いていきたいと思っているから」
「…再会できた事や、芸能人としても、一人の親友としてくれた事は嬉しかった。でも、無理に俺と歩いていく道を選んでまで、かなえた夢を消してほしくない」
「…どうして?」
「本当だったら、佐奈についてきてほしい。でも、自分で勝ち取って実現した夢を捨ててまで、ついてきてほしいとは言えない。俺はずっと、アイドル『朝風ルナ』として、輝き続けている佐奈の姿を見ていたい」
 電話口から聞こえる佐奈の声を、純一は黙殺していた。
「近く、スタジオにレコーディングで呼ばれると思う。その歌詞は、愛美が佐奈に残した最後のメッセージだから」
 それだけ言うと、純一は電話を切ってしまった。かかってきた電話の着信を拒否し、電源を切ってしまうと、最終便が過ぎた停留所に止めた車の中で、自分で言ったことに対する、後悔の念に駆られて涙を流した。
「これでよかったんだ。今が佐奈の本当の幸せなら、俺はその幸せを遠くから見守れるだけでいい…」
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