モドル | ススム | モクジ

● 時のメロディ --- 12,思いがけない出来事(後編) ●

 純一が営業所へ戻ると、そこにはライブを見に行ったであろう高沢たちが、酒を飲みながら話に華を咲かせていた。
「純一、ライブから帰ってきた割には、結構遅かったな」
「ちょっと所用があったんだよ」
「純一もライブ行ってたんだ。何だかんだ言って、朝風ルナが好きだったんだ」
「そうでもないがな」
 自分のデスクに座った純一はそのまま突っ伏した。ライブを見に行って応援し、疲れたのではない。朝風ルナとこの後会う事に悩んでいるのだ。立ち上がると、そのまま事務所の外へ出て、夜空の星を見ていた。
「純一さん、どうしたんですか?」
 事務所のドアを開くと、事務員の高橋が、温かいコーヒーを2杯もって出てきた。
「せっかくですから、コーヒーでも飲んでくださいよ」
 そういうと高橋は、コーヒーを純一に差し出した。そして、彼女は自分のコーヒーに少し口を付けると、おもむろに話しかけてきた。
「どうだったんですか? 朝風ルナさんのコンサート」
「…何ともいえないよ。何か心のどこかに後ろめたさみたいなものがあってな、歌声とかが耳に入らなかったんだ」
「何が後ろめたいの? もしかして、ルナさんが引退する要因に自分が入っているのではないかと思っているんじゃない??」
「多分、そうかもしれない…」
「そう思っているんだったら、それは大きな間違いだよ。分からない?」
「…」
「ルナさんに見えているのは、きっと純一さんだけだと思う。きっと、あなたのそばにいたいと願って、決意したんだと思うよ」
「そんな事…」
「あなたが路線バス存続を願って署名活動を行ったときに、ルナさんが来て協力してくれたのも、彼女が路線バス存続を願って協力しただけではなくて、純一さんの力になりたかったからじゃないの??」
「…」
「それに…。純一さんでなければ、今のルナさんを支えてあげることは出来ないし、純一さんだってルナさんを必要としているはずだもの。もし、どこかで待ち合わせしているんだったら、早くその場所へ行ってあげて。ルナさんはきっと、寂しがりやのウサギのような気持ちで、あなたを待っているんだから。ダメならそれで、諦めればいいじゃないの」
「…」
「本当に待っているんだったら、その人はあなただけに手を差し伸べているんだから…」
 純一は少し考えると、事務所の中へ入り、財布などを再び手に持つと、大急ぎで営業所を出発していった。
 送り出した高橋自体も、実は純一に好意を持っていたが、それは叶わない夢だと捨て去っていた。今でも未練は残るものの、今はこうして送り出すことが、最善の事だと思っていた。
「大丈夫かな…」
 大急ぎで出て行った純一を見守りながら、外から見える町の明かりを見ていた。
 事務所の中へ戻ると、純一が事務所に戻ってきてから、出て行くまでの一部始終を見ていた松本が話しかけてきた。
「純一、ひどい慌てようだったな」
「これから、ある人と会うそうなんですよ。その時間が迫っていたみたいですね」
「そうか…。でも、上手くいくといいけどなぁ」
 純一は、ルナとの待ち合わせの場所である、コンサート会場へと向かっていた。待ち合わせ時間にはまだなっていないが、まだ純一の頭の中は混乱していた。
「俺は、今まで…ルナさんをどう思っていたのだろう」
 純一は待合場所近くの駐車場に車を駐車すると、ルナの姿を探した。しかし、何処を見渡しても彼女の姿は見えなかった。
 少し周辺を歩き回って再び待合場所へと戻ってきたが、彼女の姿はまだ見えなかった。
 そんな時に、一台の車をはさんで、見慣れた車が止まっていた。
 「車がここにあるなら、いるはずなのにな…」
 不思議に思った純一がその車に近づいていくと、誰かが小さな声で呼ぶ声が聞こえた。
「純一さん…」
 その声がするほうを向くと、車にもたれかかるような状態で、ルナがぐったりしていた。
「…どうしたの? 具合悪そうだけど。」
 純一が駆け寄って彼女の肩を揺さぶった時、力なく横に倒れこんでしまった。
 急いで彼女を抱え起すと、呼吸を確認した。息はしているものの、ほとんど虫の息だった。
「…すぐに病院へ運ばないと!」
 彼女を抱きかかえて自分の車まで行き、助手席へと乗せた。純一は急いで病院まで電話をかけると、車を走らせた。 病院の搬送口の方へ車を止めると、既に医師と看護師らがストレッチャーを持って待機していた。純一は医師らの手伝いを借りて、彼女を車からストレッチャーへ移した。医師らがストレッチャーを押して、救急外来へ入っていくと、純一は車を所定の駐車場へ置き、待合室まで行くと、彼女の所属事務所まで電話をかけた。
 その後はずっと待ち続けた。3時間くらい経って田崎が駆けつけると、純一は詳しいことを話した。
「迷惑かけてすまなかったね」
「こういう時は、仕方ないですからね」
 それからしばらく経ち、看護師が呼びにきた。
「石川佐奈さんのご家族或いは、お知り合いの方はいらっしゃいますでしょうか?」
 その呼び出しに田崎が答えたので、純一がそれについて聞いた。
「朝風ルナとかって、彼女の名前じゃないんですか?」
「その名前は芸名なんだよ。彼女の本当の名前って、石川佐奈て言うんだ。地元の建設会社のお嬢さんらしくてな」
「そうだったんですか」
 純一と田崎は看護師に案内されて救急外来の中へ案内された。
 そこには、点滴を打たれて眠っている彼女の姿があった。多少青ざめてはいるものの、外傷などもなさそうだった。
「石川さんのお知り合いの方ですか?」
 当直の医師が来て、純一と田崎に、佐奈の診察結果などを説明した。その後、医師と田崎がその場を離れると、近くにあった椅子を借りて座り、彼女の目が覚めるのを待った。
「そんなに無理することなかったのに…」
 用事を思い出して席を立とうとしたとき、誰かに腕をつかまれた。ふと後ろを振り向くと、佐奈の手が純一の腕を掴んでいたのだ。意識が戻っての行動だったのか、無意識でのことなのか。どちらにしても『一緒にいて』という事だろう。
「…分かったよ。傍にいてあげるから、そんなに強く掴むなよ」
 そのまま椅子に座りなおすと、彼女の寝顔を、何もしないで、ただ見ていた。今はただ、そっと傍にいてあげることしか出来ないし、今は、純一自身が、そうしていたかった。
 そのうちに、純一も眠気に負けてしまい、そのまま眠ってしまった。
「石川さんのお連れの方、ダメですよ、そんな所で寝てしまったら…」
「…いいよ。どうせ、すぐに病室には移さないから。それにさ、この2人を見てごらんよ」
 1人の看護師が純一を起こそうとしていたとき、通りかかった当直の医師が、それを止めた。
「硬く握られた手は、俺たちには解けないし、こんなに幸せそうな寝顔は見たことないよ。今、彼を起こして、そのまま引き離してしまうのは、あまりにもかわいそうだよ」
「そうですか?」
「掛け毛布を持ってきてあげて。今は、このまま寝かせてあげて」
「…分かりました」
 純一が深い眠りについていたとき、ある夢を見た。

 中学1年の頃だろうか。父親の仕事の関係で静岡から青葉台の町へと引っ越してきた。
 そして、転校先の中学校で1人の女の子と仲良くなった。その女の子である『石川佐奈』は、音楽の授業ではいつも成績がよく、合唱部で一番中心になっていたうえに、全校で一番の人気者だった。今になっても、どうして仲良く慣れたのかはハッキリしない。
 3年の時、文化祭での演奏を目標に彼女が中心となってバンドが組まれたとき、純一はその助っ人として参加した。学校から借りた、慣れないギターを練習し、何とか出来るようになった時だった。
「私、やっぱり抜けるわ」
 一緒に参加していた同級生の一人、三神由美子がバンドから抜けることを聞いたとき、どうしたらいいのか悩んでいた佐奈の相談を聞いたことがあった。
「三神さん、辞めたいって…」
 佐奈と一緒にバンドを組んだ三神は同じように音楽が好きで、バンドの話も彼女から出てきたのだ。何よりも、三神が誰より練習を重ねていることを、佐奈は知っていた。それを諦めてほしくないと考えていた佐奈は何とか説得しようとしていた。
 だけど、それを半分他人事のように聞いていた純一は、三神の考えを尊重したほうがいいと返事を返した。
「何でそんなに止める必要があるの? 辞めたいなら、辞めさせたほうがいいんじゃないか?」
 純一が佐奈にそういったとき、急に彼女が怒り出した。
「三神さんだって一生懸命練習していたのに、それが無駄になるなんて悲しいじゃない」
「そうだけどさ…。三神さんだって相応の事情があるんだろうし、無理に留めるのはな…」
「とにかく、私はもう一度、三神さんを説得する。ここまで来たら、一緒に成功させたい」
「そこまでいうなら止めないよ。でも、説得も一筋縄ではいかないかもしれないぞ」
 佐奈は何とか三神を説得して再び練習を再開。その後の文化祭でも演奏を成功させた。
「あの時、佐奈が説得してくれなかったら、あんなに楽しい時間を過ごせなかったよ」
「だって一緒にずっと練習してたじゃない。みんなで一緒に舞台に立ちたかったしさ」
 そう言って喜んでいた佐奈と三神の笑顔が、一緒に出演していたため傍にいた純一には今でも忘れられなかった。
 その後、中学を卒業して別の高校へ進学していったが、愛美に出会うまで佐奈とは連絡を取り合っていた。
 しかし、勉強などの関係で、次第に疎遠になっていき、純一は同じ高校の同級生だった愛美と付き合うようになり、次第に佐奈のことを忘れてしまったのだ。
 それから数年が経ち、偶然とはいえ再会を果たした。今まで佐奈の事をすっかり忘れ、今まで思い出せなかった自分が情けなくなった。何度も顔を合わせる機会があり、時には一緒に歩いたりもしたのに…。
(そうか。朝風ルナが俺を知っていたのは、彼女が中学の時に親友だった、あの佐奈だったからか…)
 不意に目を覚ますと、目の前に眠っているのは、朝風ルナのはずなのに、中学を卒業してから幾年も経って再会した親友を見ているのだ。もし、ずっと早く気づいていたのであれば、そんなに後悔もしていないはずだった。
「ごめんな。ずっと気づかなくて…」
 朝風ルナとして何度も顔を合わせていた彼女に、今までずっと気づけなかった事があまりにも情けなかった。
「頼む、目を覚ましてくれ…」
 既に早朝だったため、身支度して出勤しなくてはならなかった純一は、苦渋の思いで彼女の手を解き、病院を後にした。薬の作用もあるのか、深い眠りについている彼女は目を覚まさなかった。
「どうした? 目が赤いぞ??」
 営業所に戻ってきたとたん、既に出勤していた松本に、目が赤いことを指摘された。
「…いや、なんでもないよ。少し眠いだけだしな」
「そうか? …それにしても、ほとんど寝てないだろ?」
「でも、大丈夫だよ。気にするなって」
 そういうと、仮眠室に入って行くと、また眠ってしまった。
「…もしかして、徹夜でもしていたのか??」
 気にかかりはしたが、松本は運行表とバスのカギをもって事務所を後にした。
 一時間後に目が覚めた純一は、コーヒーを淹れて飲むと、急いで運行表とカギをもって事務所を出ると、急いで担当する車両を運転して営業所を出発した。
「まさか、朝風ルナが元同級生だったなんて…」
 路線バスの運転中もずっと、彼女のことが頭から離れなかった。
 夕方になって、山道を走っていると、夕日に照らされた中学校の校舎が見えてきた。
 ふと、放課後に2人だけ残った教室で何気なく話していたことが思い出された。

「…純ちゃんはさ、将来の夢とかあるの?」
そんなことを聞いてきたのは佐奈だった。
「何で急に、ちゃん付けすんの。そんなに仲良くも無いのに」
「別にいいじゃん。これから仲良くなっていけばいいだけの話でしょ?」
「…そうだけどさ。何で急にそんなこと聞くかな?」
 転校してきた中学校にもようやく慣れた時、ふとしたことがきっかけとなって仲良くなっていた。
 その日は、彼女と何人かが掃除当番だったが、1人が休んで、後は部活や委員会で、早くに教室から出て行ってしまったため、1人で掃除をする事になってしまっていたのを、純一が手伝っていたのだ。
 普段であれば何人もかかって掃除をするのを2人でやらなければいけなかったために時間がかかり、すっかり夕方になってしまったのだ。
「…別に、ただ聞いてみただけ」
 ほうきを手にしながら窓の外を見つめる彼女はどことなく眩しかった。
「俺は…自動車関係の仕事に就ければいいと思っている。いつかはこの町で小さな修理工場でもできればいいかな」
「私は歌手かな。いつかは人気歌手になって、一人前にコンサートを出来ればいいな」
「佐奈さんは、本当に夢が大きいね。本当に未来が描けていてすばらしいと思うよ」
「私だって、そんなにしっかりと未来は描けてないよ。ただ、なりたいだけだから」
「いつか…その夢がかなえばいいね」
 その夕方の出来事が未だに、純一には忘れられなかった。

 あの日から既に何年もの歳月が流れたのだろうか。
 そして、思わぬ偶然が重なり、その夢をかなえた彼女と気付かないうちに再会を果たした。
「佐奈はしっかりと夢をかなえたんだな。それも、自分の手で…」
 そんなことを思い出しているうちに中学校前のバス停へ通りかかると、一人の乗客がバスを待っていた。純一はバスを停車させて乗車ドアを開けた。
 整理券を取って、空いている座席へと腰掛けた乗客を見て、純一は驚愕した。
(…愛美??)
 その容姿は、純一が3年前に亡くした彼女『相澤 愛美』によく似ており、何気ないしぐさまでも似ていたのだった。
 終点が近づいた時に、ふと後ろの座席を振り返ると、愛美とよく似た乗客は姿を消していた。
 ここまで来るのに、降りた乗客は確認しているが、その乗客が降りていったのを、見た覚えがなかった。
(おかしいな…確かに乗ってきたのに…錯覚だったのかな…。)
 終点のバス停に着いて、折り返す支度をしているときに、愛美と似た乗客が座っていた座席のところまで行くと、そこには、ケースに入った1枚のカセットテープが置いてあった。
「あの子が忘れて行ったのかな?」
 手に取ると、カセットケースから1枚の紙が落ちた。それを拾い上げると、書かれている文字に目をやった。
『純一君へ』
 カセットテープを拾い上げると、ふと後ろの窓から見える景色に目をやった。そこには何一つ変わらない、いつもの光景があった。
 純一は、そのカセットテープに吹き込まれている内容よりも、これを持っていたであろう人物のことが気になっていた。
モドル | ススム | モクジ
Copyright (c) 2011 ACT All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-